高校生の時、あまりにも勉強をしなさ過ぎたし、親からは私立に行かせるお金はないと言われていたので、これは行ける大学があるのかしらんと危惧していたんだけど、高3の個人面談で担任の先生に『この高校に入れたんだから地元の大学くらい受かるのよ』って言われて、「あ、そんなもんなの?」って素直に受け入れて、変に自信が付いたというか肩の力がスッと抜けたのを覚えてる。他のことは覚えてないのに。
その時の担任のアドバイスが効いたのか、私は無事、地元の大学に入学できた。そして大して学校には行かず、まあまあバイトに明け暮れて、その流れで今のこの仕事をしている。独立開業した弊店は19周年を迎えた。
ということは、あの時の担任との面談は私の人生におけるまあまあの分岐点だったことになる。
そんな先生が亡くなったと昨日、報せがあった。確かめると新聞にも載っていた。
なので本日、葬儀に行ってきた。私なりの感謝とお別れを伝えに。
他に思い出らしいものはないんだけど、高校を卒業して数年後、不意に先生のことを思い出したことがあった。
スチャダラの"5th WHEEL 2 the COACH"が出た時のことである。当時、大好きでめちゃくちゃ聴いていた。そのアルバムの3曲目が"ノーベルやんちゃDE賞"って曲で、架空の賞を架空の人が受賞したって内容なんだけど、その3人目の受賞者の名前が先生の名前と同じだった。歌詞カードを見たら最後の字こそ違うものの、聴いてる分には全く同じ。
だから勝手に「そうかあの先生、幼少の頃は意味なくダッシュして勝手なメロでヒット曲を唄っていたのか」とか「長髪ピッチャーとして名をはせ」「ビート板でビワ湖横断」し、「チョモランマで結婚して22カ国で新聞配達してたのか」と想像していた。周りに共感してくれる人(先生を知ってる高校の同級生でスチャダラを聴いてる人)は誰もいなかったので自分だけでおもしろがっていた。
そんなこともあったので本日、焼香をする時に心の中で「先生、ぶっ飛ばされんなよ!」って呟いたんだけど、先生は意味が分からなかっただろうな。まあいいか。R.I.P.
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