
太田愛著、"幻夏"。
夏休みが終わって始業式があって、9月2日の金曜日の朝、僕は石段坂の降り口で尚と拓を待っていた。僕と尚は12歳。拓は3つ下。やってきた2人と学校へ向かうが・・・。
クリスマスムードが漂ってきた12月初め、鑓水の興信所に水沢香苗から電話がかかってきた。子供がいなくなったと言う・・・。
前作となる"
犯罪者"がおもしろ過ぎたので読まずにはおれなかった。
前作で知り合った鑓水と修司は興信所の所長とアルバイトという関係になっており、相馬は刑事課から交通課に回されてしまっている。
鑓水が依頼された探して欲しい子供は実は23年前に失踪した水沢尚で、彼が失踪した日に一緒にいたのは相馬亮介だった・・・というところから物語は始まる。
III章の半ばくらいまでは謎しかない。あれもこれも謎のままなのに新しく出てくる事実も謎。昔の失踪事件と現在の誘拐事件がどう関係があるのか、もしくはないのか。全く先が読めない。なんなら、これって合理的な結末なくない?くらいに思ってる。
てな感じで読み進めていたらIII章のラスト、声が出た。
そして続くⅣ章の途中でも声が出た。何、この展開。何、この設定。起承転結の転があり過ぎる。しかもこれが全くもって読者にフェアなのが悔しい。推理できたはずじゃん!ってなる。
Ⅴ章に入って見えてきた結末。どうなっても切なく哀しい予感しかない。どうか頼むと祈りながら読んでいた。
前作は企業犯罪や企業と政治家との癒着をテーマにしていたが、今作のテーマは冤罪。そして冤罪をテーマにすることで日本の司法構造に問題提起をしている。起訴されたら99%有罪なんて冤罪を生むに決まってるじゃないか。
そして前作もそうだったけど、これら大きな事件を扱う報道機関の姿勢も問うている。瑣末だけど興味を得やすいことだけを派手に見せるんじゃなく、大局を見据えて考察し、矜持を持って権力に対してきっちり物申すことこそが報道機関の存在意義であるはずだ。
怒りと憤りを発端にした切なくて哀しい物語とは裏腹に、23年前の尚と拓と亮介の夏休みの情景はスタンド・バイ・ミーっぽくて、瑞々しさと健気さと僅かな危うさがある。
彼らにとって、あの夏が幻だったとは思いたくない。