
山田尚子監督、"映画 聲の形"。原作は大今良時の漫画、"聲の形"。
高校生の石田将也は身辺整理をし、借りたお金を返し、カレンダーの終わった今日を消していく日々を過ごしている。小学6年生の時の石田はガキ大将で、転入してきた西宮硝子が聴覚障害なのを知ると、好奇心と羞恥心から行き過ぎた接し方をしてしまい・・・。
原作漫画の評価が高いってのは知っていた。よくタイトルを目にしていたし。けれどありがちな高校生のラブストーリーだと思っていた。タイトルから察するに、男女のどっちかが聴覚障害があって、それでも2人の愛は変わらないぜ!みたいな。
そしたら全然違った。こんなヘビーな映画だと思ってなかったので戸惑った。
開始早々に「え?死ぬつもり?そんな話なの?」って思ったら小学生時代になって、小学生時代になったらなったで延々いじめの過程が描かれて。
30分くらいで1回観るの止めようかなって思った。
でもこの先に何かがあるはずと信じた。これだけ丁寧にいじめの描写があるんだもの。同じくらい、いやそれ以上に丁寧になんらかの解決を教示してくれるはずだと信じた。
・・・けれど物語はそんなに単純じゃなかった。誰が正しいとか誰が悪いって割り切れる話でもなかった。
みんなの言い分に理由があり立場があり状況があり、もし自分ならって考えたら、どの立場にもなり得るし、その立場ならそう言いかねないって思えて、要するにみんな誰も悪くないとしか思えなかった。
だけど最悪な状況は目の前に事実としてあるわけで、てことはみんなが悪かったってことなのかな、とか思ったり。
ということは結局、コミュニケーションの在り方を描いているんだな。
それぞれのコミュニケーションの仕方は様々で、それが違うってだけで良いとか悪いって話じゃなくて。
それを【聲】と表現していて、その【形】は様々だってことを描いているから"聲の形"。口から出る【声】だけに囚われてはいないんだな。
ラストシーン、あの暗闇の先で光に包まれていた2人の人影をどうとればいいんだろう。
そんなことを考えながら時が過ぎていく・・・。