
矢月秀作著、"鳩の血 警視庁公安0課 カミカゼ"。
タイのバンコク郊外、1つのルビーを挟んで日本人の宝石商と同じく日本人のバイヤーが対峙している。宝石商の後ろに3人の男たちが控えており、その中に藪野学もいた。このルビーはミャンマーのモゴック産で、ルビーの中でも最高級との評価を受ける【ピジョン・ブラッド】と称される逸品だった・・・。
前作のキーマンである藪野が開始2行目で早々に登場し、ははーん、藪野は現在潜入中なのだなと、読者であるこちらの理解も早い。
しかもタイトルの"鳩の血"がなんのことやら分からないまま読み始めたものの、3ページ目で早々に【ピジョン・ブラッド】という呼称が出てきて、なるほどそういうことかと膝を打ち、てことはこのルビーを巡る物語なわけだなと、またまた読者であるこちらの理解も早い。
そんなわけで前作よりも親切な作りになっている。分かりやすいというか物語の見通しができるというか。潜入する対象は騙すけど読者は騙さないみたいな。それがこういう広義のミステリーにおいて、いいことなのかどうかはさて置き。
ハードアクションと謳ってる割には今回はアクションシーン少なめ。最後の最後くらいかな、ハードアクションらしいのは。
じゃあそれまでは何かっていうと、だいたいがいわゆる仕込み。公安としての潜入の下地作りに始まり、潜入しての捜査、情報収集に情報解析に推理。最終的な逮捕劇に至るまでの地味な作業が長々と描かれる。だからといって退屈はしない。その辺はうまさだと思う。
公安ゆえに警察ものにありがちな警視庁一丸となっての大捜査はないし、公安ゆえにハードボイルドものにありがちな一匹狼の刑事が単独で犯人を追い詰めていくなんてこともない。
公安の特殊性をうまく取り込むことで、警察小説ともハードボイルド小説とも違う公安小説になっている。言わば騙し合い小説。公安と対象者、どっちの騙しが相手を上回るか、裏をかくかの物語。
なのでずっと緊張感がある。読んでるこっちも潜入してる気になる。藪野も瀧川も白瀬も大変だわ。に対して上司である今村と鹿倉がなーと思っていたら、脇役だと思っていた舟田が急に存在感を発揮したところがよかった。
ずっとおもしろく読んでいたんだけど、最終章である第6章が思いのほか短くて、これはもうちょっと長く濃く描けたんじゃないかなーと思ってしまった。やや尻すぼみ感。でも続編が出たら読むなー。