メル・ギブソン監督、"ハクソー・リッジ"。
遡ること16年前、デズモンドは兄弟喧嘩の末に弟のハルを煉瓦で殴ってしまい、暴力が如何に人を、そして自分を傷付けるかを知る。父親は第一次世界大戦から生きて帰ってきたものの、心を病んで酒に溺れ、母親との喧嘩が絶えない。
15年後、第二次世界大戦の真っ只中。デズモンドはたまたま行った救急病院で看護師のドロシーと出会い・・・。
俳優として名を馳せ、監督をすれば佳作を撮るメル・ギブソン。クリント・イーストウッドに迫る存在と言っていい。
そんなメル・ギブソンはガチガチのクリスチャンで、以前にキリストの受難と磔刑を描いた"パッション"を監督しているくらい。
なので今作でもキリストの教えが非常に大切なテーマになっていて、それは開始早々で幼いデズモンドが強く心に刻む『汝、殺すことなかれ』というもの。
この教えを遵守するばかりにデズモンドは衛生兵を志願し、戦場へ行きながらも誰も殺すことはなかった。
デズモンドがこの境地に辿り着く経緯がとても丁寧に描かれているため、戦場なのに誰も殺さないというかなり特異な状況もすんなり受け入れられる。
にしても戦争とは。
それまでが割と牧歌的に話が進行していたので、いきなりの戦場、いきなりの戦闘、いきなりの戦争に怯む。身体がすくむ。目を覆いたくなる、耳を塞ぎたくなる。
訓練とは違う。開始の合図も終わりの合図もない。何も分からないまま始まり、気付けば目の前に敵、胸に銃弾、行方知れずの足、気付かないままの死。
無残極まりない。
映像が凄惨なのは予想していたが、今作は音にまで恐怖を感じる。飛び交う弾丸の音が容赦なく耳から心臓にくる。
そしてこの戦場、ハクソー・リッジとは沖縄の前田高地のこと。のこぎりのように険しく切り立った崖であり、双方に多くの死者を出した激戦地である。
その沖縄での戦争をアメリカの立場から観る私たち。主人公たちに感情移入するならば、敵は日本人になる。さすがにそれは日本人として受け入れ難い。
しかしながらデズモンドの行為はなんら責められるものではなく、むしろ賞賛に値する。
ゆえにこの日本人としての心情、どこにも正しいやり場を見付けられない。ただただ胸にくる。言葉にできない何かがグッと胸にくる。
今作は実話を元にしていて、デズモンドは無事にドロシーの待つ故郷へと帰れた。
凄まじい戦闘シーンから戦争というものを想像すると、悲惨さとかやりきれなさとか気が狂うほどの恐怖とか憤りとかの塊でしかない。
だから今作の映画としての、物語としての終わりが穏やかなもので本当によかった。あれでバッドエンドだったらリアルな救いのなさに2、3日寝込んでいたかもしれない。
戦争を知らないのに軽々しく戦争は外交手段の1つなんて、何がどうしてもどうなっても言えない。絶対に言えない。それは分かった。
"
ハクソー・リッジ" ★★★★