ダグ・リーマン監督、"ボーン・アイデンティティー"。
イタリアの漁船が海上で漂う男を救いあげる。意識不明の男の背中には弾痕があり、皮膚の下にはスイスのチューリッヒ銀行の口座を記した金属が埋め込まれていた。男は意識を取り戻すものの記憶がなく・・・。
マット・デイモンの代表作と言える"ボーン・シリーズ"の第1作。
しかしながら昔この第1作を観ただけで続編は一切観ていない。このシリーズが大好物のワイフが嬉々として話をする度に「そんなにおもしろかったっけ?」って思っていた。もうすぐ新作が劇場公開されるのでいい機会だと思い、第1作を観直してみた。
そしたらこれ、どこもかしこも観た覚えがなかった。最初から最後までずーっと新鮮な気持ちでドキドキで観ていた。
つまり私、観たつもりになっていたらしい。もしくは観たのに記憶を失ってしまったか。はたまた誰かに観た記憶を消されたか・・・。
いずれにしてもおもしろく観ることができたのでよかった。
謎から始まる物語。主人公は自分の名前も何も分からないのに危機が迫ると身体が即座に反応する。しかもキレッキレ。
この謎が謎のままさらに謎を呼ぶ展開にグイッと引き込まれる。そして主人公と同じ謎を抱えたまま物語に乗っかってしまう。しかも物語の緩急のつけ方が実に達者。アクションシーンの動と謎に対して困惑するシーンの静がいいバランスで入り混じっている。だから観ていて飽きないし時間を忘れる。脚本も演出もとてもグッジョブ。
途中で主人公は自分の名前を知る。ジェイソン・ボーン、アメリカ人。そしてアメリカ領事館でたまたま居合わせたマリーの車に同乗させてもらう。
スイスへ向かう道すがら、ダイナーでボーンはマリーに自分の洞察力について話す。入り口が見える位置に座り、出入りする客の確認。非常口がどこにありどういう逃げ道が確保できるかの確認。今このダイナーに何人の客がいて何人の店員がいるか。カウンターの男の体重と格闘技経験。外に止めてある車の台数とそれぞれのナンバー。無意識のうちにそれらを確認し記憶している自分は何者だろうか?と問う。
こんなシーンは他の映画でも観たことがある。だけど私が感心したのはこの直後のシーンだ。
ボーンが車内で目覚めるとすでに朝で外は明るい。マリーは買い物に出ていた。車で移動している間にボーンは寝てしまっていたらしい。ボーンが車外に出るとマリーが帰ってきた。マリーが買ってきたパンを頬張るボーン。そこでチラッと車を見てボソッとマリーに訊いた。
『ガソリンを入れた?』
マリーはボーンが寝ている間に入れたと答えた。で、物語は何事もなく進む。
ここ、ここ、ここ。ここのこの何気ない『ガソリンを入れた?』がボーンの無意識の洞察力の鋭さ正確さを表している。おそらくガソリンの重さで車体が沈んでいたんだろう。そこを見逃さずに確認するあたり、ボーンやるなって思うし、そしてそんな台詞をさらっと言わせるあたり、この脚本やるなって思った。神は細部に宿るのだ。
そしてこの第1作、最後まで大きな謎を残したままなわけでもなく、物語としてはきちんと全てを昇華させて終わる。続編なんてないかのように。
だからこそ続編がどうなってるのか気になっている私である。
ごきげんよう。