呑み屋のミズガクさん
ミズガクさんの呑み屋はお酒もコーヒーもあるちょっと変わったお店です。ちょっと変わってるからなのか不景気だからなのか、ただ単にミズガクさんに問題があるのか(おそらくこの三番目がもっともな理由だと思われますが誰もおおっぴらには言いません)、かなりヒマです。ミズガクさんは思います。「僕の仕事はお酒やコーヒーを出すことじゃない。待つことだ。」昨日も一昨日もその前も、ずっとずーっと待っていました。つまりずっとずーっと仕事をしていました。ということはミズガクさんは働き者ということになります。
働き者のミズガクさんは、お客さんが来るのを待っている間は本を読んでいます。昨日読み終えた本はいしいしんじという人の”雪屋のロッスさん”という本でした。とても気に入ったみたいです。ミズガクさんはブログを書いているのです。ブログの感想文で気に入ったかどうかがわかります。”雪屋のロッスさん”のことを書いたブログはかなり上機嫌な文章でした。
今日も本を読んでいました。そしたらドアが開きました。お客さんが来たようです。本を閉じて立ち上がりました。
「いらっしゃいませ。」
と言ってドアの方を見た途端にがっかりしました。酒屋のお兄さんでした。昨日注文したお酒を持ってきたのです。
「おつかれさまです~。二千円です~。」
酒屋のお兄さんはひょろひょろっとしていて、いつもいい匂いをさせています。注文したお酒と引き換えに代金を支払いました。
「人通りはどうかな?」
ミズガクさんの呑み屋には窓がないので外の様子がまったくわかりません。
「ええと、土曜日なんで結構多いですよ。」
「そう。じゃあ今から忙しくなるかな?」
「なるんじゃないですかねぇ。おつかれさまです~。」
次の配達があるお兄さんはそそくさと去っていきました。お兄さんのいい匂いだけが残った店内は、またシーンと静まり返りました。ミズガクさんは座ってさっき閉じた本を再び開きました。残り香が薄れていくよりもすんなりとその世界に入り込んでいきました。
しばらくたって両方の目をうるませながら読み終えて、鼻をすすりながら本を閉じました。そして大きな深呼吸を一つ。時計を見たら四時でした。どうも時間の感覚がなくなってしまっていたみたいです。ミズガクさんの呑み屋の営業時間は深夜三時まで。もうとっくに過ぎていました。
片付けを終えて店を出たらもう深夜ではなく早朝の五時でした。早起きの鳥たちはピーピー鳴き始めています。ミズガクさんは鳥たちに「おはよう。」と声をかけながら帰ります。そして家に帰り着いたらシャワーを浴びて布団に入るのです。明日の休みは何をしようかと考えながら。