湊かなえ著、”告白”。
終業式のホームルーム、1年B組の担任である女性教師は淡々としゃべっている。そして言った。「(娘の)愛美は死にました。しかし事故ではありません。このクラスの生徒に殺されたのです。」そしてまた淡々と続けた・・・。
第1章はこの女性教師の告白。モノローグのみで構成されている。第2章以降もそれぞれのキャラクターのモノローグで【告白】が行われていく。
映画の”羅生門”のような構成だ。いろんなキャラクターがいろんなことを言う。それはそれぞれにとっては真実なのかもしれないし、意図的に嘘をついているのかもしれない。もしくはそう思い込んでいるのかもしれない。しかしそれは読んでいるこちらにはわからない。誰が正しくて誰が嘘をついているのか?なんてわからない。多分こうなんじゃないか?ってことは考えられても、それが本当にそうだったかなんてわからない。そこに怖さがある。
人はそれぞれ自分自身の物語を持っている。事実がどうであれ、それが自分にとっての真実である物語。その物語のすり寄せが社会だとしたら、この【告白】という一方的な主張は社会を否定している。それが冷静な告白であれば人間的な感情を殺していて恐ろしく、興奮した告白であれば狂気が垣間見えて恐ろしい。どちらにしても他者が入る隙がないことが恐ろしい。
これは小説だけど、リアルな世の中では毎日、悲しいかないろんな事件が起こる。その1コ1コにこんな物語があるんだと気付くとげんなりする。世界は哀しみでできているかのようだ。