あれは私が珈琲専門店で働いていた時のこと。いつもお一人でいらして、二人掛けのテーブル席に座るお客様がいらっしゃいました。歳の頃は二十代半ばのお顔立ちのはっきりした美形の女性。いつも本を読んでいらっしゃいましたが、カバーがしてあってどんな本だかわかりませんでした。
本好きは人が読んでいる本が気になるもの。私はその方がどんな本を読んでいらっしゃるのか興味津々でした。そりゃあ、その方が美形のうら若き女性だったからってのも理由の一つではあります。・・・いや、理由の二つ三つ、・・・ま、正直七つ八つってことにしときましょう。いずれにしてもどんな本をお読みなのか知りたかったわけです。
そしてチャンス到来。私がホール担当の日にお見えになりました。お冷やをお出ししてオーダーをお伺いしました。私がメイキング担当にオーダーを通したあたりで、バッグから本をお出しになって読み始めました。ここは忍の一字です。はやる気持ちを抑えつつ、しばしの辛抱。と、オーダーされた品が出来ました。はいはいはい、来ました来ました。行きますよ~。
お客様の前にそ~っと、普段よりそ~っとコーヒーを置きながら、目は本の最上段、開かれたページのタイトルが書かれているであろう場所を凝視しました。・・・・・・・・・絶句。
そして反省。人が読んでいる本に興味なんか持っちゃいけません。なんだかブルーな気分でスゴスゴとお客様のそばを離れました。
今日の通勤途中、久々に街中でその方が歩いているのをお見かけしました。お一人で歩いているその方を見て、要らぬ心配と妄想を押し留めることができませんでした。
願わくば、彼女に幸あれ。